Zoff

ゾフ史上初!全てのオプションレンズが¥1,000OFF

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VC = Visual CommunicationDesigned by Masafumi Watanabe

見る。見られる。
視覚で理解し、視覚で理解される。
すべてが多様化する現代と、そこに受け継がれる普遍的価値。
デイリーユースにも、アクティブシーンにも、普遍的デザインを介した視覚の伝達を―― 『VC / Visual Communication』は、Zoffが打ち出すファッション性とストーリーを、現代の技術で体現したプロダクトライン。

BEDWIN & THE HEARTBREAKERS ディレクター渡辺 真史

渡辺真史〈ベドウィン & ザ ハートブレイカーズ〉ディレクター
1971年東京出身。10代からモデル活動を始め、様々なファッションやカルチャーに触れる。 武蔵野美術大学に入学し、遊びと旅行を重ねながらアートを学ぶ。大学卒業後、渡英しそこでファッションとして撮られる側から作り手側への興味を持ち帰国後アパレルブランドの立ち上げに参加。 そこでの経験を活かし、大人のストリートを軸とした自身の会社DLXCO.,LTD.を2003年に設立。DLXの代表として、そしてベドウィンのディレクターとして現在に至る。

Website | https://bedwintokyo.com

LINE UP

※全てのフレームに、オリジナルケースとメガネ拭きがセット

ZN191012 / ZN191013 / ZN191014 / ZN191015

¥8,000 (+tax)

アメリカンヴィンテージデザインを現代の技術で再解釈。
軽量のポリアミド樹脂を採用し、長時間かけても疲れにくい仕様に。

4Type 12 Glasses

ZN191012
ZN191013
ZN191014
ZN191015

DETAIL

ノーズラインとの接触面を高めるため、ラバーパッドの形状を立体設計。誰がかけても自然なかけ心地を実現。

テンプル厚を極限まで薄くすることで、絶妙なバネ性を実現。フレームが頭部を包み込むようなホールドするから、しっかりとしたフィット感に。

テンプルの内側にラバー素材を採用。ずれ軽減のほか、長時間かけて生じる耳への負担軽減も。

テンプル先端にわずかな反りをあしらっているから、快適でスムーズなかけ外し。

ZP192017 / ZP192018

¥10,000 (+tax)

ブリティッシュヴィンテージのデザインを、現代の技術で再解釈。テンプルに施したクランク形状と全体バランスを考えた素材選びで、かけていることを意識させない装用感を実現。

2Type 6 Glasses

ZP192017
ZP192018

DETAIL

リムに段差をつけ、外側に色をつけヴィンテージの外セル巻きのような外観に。

ステンレス素材を使用することで、しなやかさと、しっかりとしたかけ心地に。

テンプル先端の内側には凹凸をつけ、滑り止めの効果を。

ALL ITEM
PLAY

INTERVIEW

スケーター/FTCスタッフKOZAKANA

どういうスケートがしたいか
見えてくる 

スケートに熱中したきっかけは?
始めたきっかけは中学一年生の時に家族で行ったハワイです。その時、サーフィンを初めてやったら一発で乗れたんです。そうしたら、お父さんがスケートボードもできるんじゃないってことで買ってくれたのが始まりです。 スケボーをやったらモテるよってお父さんが言うから、やる! って(笑)。でも最初は僕しかやっていなかったから、一回やめたんです。 その後、中学三年生の時に一緒にスケボーやりたいっていう仲間が…
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プロフィクスドギアバイクライダー/W-BASEMARCO

自分の一部になると
ちょっと見え方が変わる

自転車にのめり込んだのは?
最初は全く興味がなかったかな。大学生の時、速い自転車か中型二輪免許を取るかどっちかにしようと思って。そんな時に、スケボーを一緒にやっていた先輩が乗ってきた競輪仕様のピストに乗せてもらって。 これだ! かっけぇ! 速い! って買ってみたら、ハマっていったね。単純に見た目から入ったよ。 もちろん乗っている先輩もかっこよく見えた。でも、乗り物としてのルックスがかっこよかったから。 今でもどんなに乗りやすくても、…
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ストリートボーラーKYONOSUKE

新しい見え方と見せ方を求めて

そもそも何でバスケットボールを始めたの?
小学校三年生までは野球をやっていたんです。親父が野球選手で、毎日キャッチボールやらバッティングやら。小学四年生になったら部活が始まるから、「絶対に野球部に入るよな」って親父に入部届を書かれて。 その頃担任の先生がバスケ部の監督で、本当はダメなんですけど『SLAM DUNK』を休み時間だけ読んでもいいよって持ってきたんです。 先生と大人になってから当時の話をすると、「お前、まんまとひっかかった…
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ランニングインストラクター牧野英明

スタイルや生き方を
見られ方として反映させられたら

走ることは好きだった?
中学の時は走るのが好きでしたが、バスケ部に入っていました。駅伝チームに助っ人で召集された時に走ったり。でも、県大会レベルで、全国に出るようなレベルではなかったです。 そして、駅伝が楽しいなと思って、高校では陸上部に入ったのですが、思っていたより楽しくなかったですね。 当時は陸上自体が、悪い言い方をするとちょっとダサいスポーツだったので、のめり込めなかったんです。 今でこそアイテムがたくさんあって、…
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スケーター/FTCスタッフKOZAKANA

どういうスケートが
したいか見えてくる

スケートに熱中したきっかけは?
始めたきっかけは中学一年生の時に家族で行ったハワイです。その時、サーフィンを初めてやったら一発で乗れたんです。そうしたら、お父さんがスケートボードもできるんじゃないってことで買ってくれたのが始まりです。 スケボーをやったらモテるよってお父さんが言うから、やる! って(笑)。でも最初は僕しかやっていなかったから、一回やめたんです。 その後、中学三年生の時に一緒にスケボーやりたいっていう仲間ができて、また始めました。その時は6人ぐらいいたんですけど、今でもやっているのは僕だけです。
ブランク明けからは毎日やっているの?
毎日やっています。中学、高校の部活はバスケ部でした。午前はバスケ、午後はスケボーをしていました。毎日バスケとスケボーの繰り返し。今思うと、すごく体力があったなって。スケボーで怪我することもあったので、その時は部活の顧問にめちゃくちゃ怒られました(笑)。 バスケは部活だから、悪い言い方をすると半強制的にやらないといけない。でも、スケボーは心の底から好きだったから今でも続けています。 好きなものだから、自然とライフスタイルの一部になっていきました。 技ができなくて同じ場所で何時間もずっといることになった時は落ち込みますけど、 できた時の快感が勝るので楽しいです。休みの日は昼に起きてスケートパークに行って、新しい技や今できる技の完成度を高めたり。 あとはスケボーで街に出ると路面がでこぼこだったり、斜めだったりして簡単じゃない。ストリートは障害物があるからやり甲斐があるんです。 練習でできたことができなかったり、練習でできたことを応用したり。そういう目線で街を見るので、見方はすごい独特だと思います。 写真家でいうロケハンですよね。僕の写真のフォルダにはスケボーのスポット、レールだったり、階段だったりがたくさん入っています。
自分が見られることについて思うことは?
スケボーは上手さじゃなくてスタイルの部分が大きいと思います。プッシュの仕方にしろ、姿勢とか全部。スケボーってどうしても目立っちゃうじゃないですか。音もうるさいし。人が多いところだと、ちょっと目立ちたくなっちゃうのはあるかもしれないです。でも、こういう風に見られたいってことには無意識です。 見た目ってことよりもやっている技を見られることを意識しています。四輪着地やスケボーの音や足の向きとか。見た目じゃなくて、スタイル。 僕が見るのは、音、スタンスの変え方、トリックの前のしゃがみ方に目が行きますね。みんな個々のスタイルがある。 どのスケーターが好きで、影響を受けているかでどういうスケートがしたいか見えてくる。僕自身のどこを見て欲しいっていうのはないです。 技を決めて褒められたら嬉しいですけど、その点は自分が良ければいいですね。技の完成度も自分次第なところもあるので。 でも、僕が好きなスケーターが太い格好の人だから、それは影響されています。服装は奇抜な人やシルエットが太い人も細い人も居るし、すごく自由です。 だからこそ個性が出ると思うんです。サンフランシスコにGX1000っていうスケートチームの人たちがいるんです。 その泥臭さに憧れていて、汚いけどスケボーが超上手い。同じような格好をすれば僕も上手くなれる気がして。 目で見て、人の影響を受けやすいかもしれないです。それも楽しみの一つですね。
KOZAKANA スケーター/FTCスタッフ
1999年生まれ、東京都出身 父親の勧めでスケートボードに出会い、高校卒業後にFTCのスタッフになる。様々な媒体のカバーを務めるなど、モデル活動も活発に行なっている。
https://instagram.com/_kozakana_
KOZAKANAさん着用ITEM
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DETAIL

プロフィクスドギアバイクライダー/W-BASEMARCO

自分の一部になると
ちょっと見え方が変わる

自転車にのめり込んだのは?
最初は全く興味がなかったかな。大学生の時、速い自転車か中型二輪免許を取るかどっちかにしようと思って。そんな時に、スケボーを一緒にやっていた先輩が乗ってきた競輪仕様のピストに乗せてもらって。 これだ! かっけぇ! 速い! って買ってみたら、ハマっていったね。単純に見た目から入ったよ。もちろん乗っている先輩もかっこよく見えた。 でも、乗り物としてのルックスがかっこよかったから。今でもどんなに乗りやすくても、かっこ悪いと嫌だもんね。自分では乗りたくないって思うかな。
見ることと見られることについては?
俺らはスタイルって言うんだけど、同じ技をやる時でも、例えば、180(ワンエイティー) なら跳んで180° 回れればオッケー。オッケーなんだけど、そこでスタイルが出てくる。回れた瞬間にそれで良しとするか、自分の中の理想の形があって、ピークをどこまで持っていけるか。 どこまで完成させるかでライダーのスタイルが出る。どんなに難しい技ができても、完成されてなかったから俺はかっこいいとは思わない。 技の数は少なくても、その一つ一つが完成されていることが一番かっこいい。これって見られることだよね。意識すること。 自分を客観視するってことはずっとやって来ていると思う。自分にスポンサーがついたり、話がもらえば嬉しいじゃん。 でも、もしスポンサードされたら自分にそのブランドのイメージがつく。 だから、今までもサポートしてもらっているブランドも取捨選択してきたし、自分が身につけるものだからこそ、お金だけじゃない。 リアルなライダーだったら、そういうマインドを持ってる人は多いかな。
好きなことやっている時ってどういった感覚なの?
楽しい?じゃないの(笑)。
辛さは?
あったね。上手くなってきて、スポンサーがついてさ。当時は毎月のように大会があった。最初、そのテッペンを目指してる時は、「俺はやってやる、天下とってやる」って思っているから、気合いに満ち溢れているというか、やる気でいっぱいじゃん。 下克上、それは別にいいの。でも獲っちゃった後って、いつも周りに期待されるのは勝ち以外にない。 常に勝ちを期待されるってとてもありがたいし、応援してもらって嬉しいんだけど、プレッシャーとの闘いはあった。 俺が本当に好きな自転車の乗り方って、街中を適当に流しながら乗ること。ストリートにある障害物を使って即興で遊ぶ。 それが一番好きなんだよね。そういう細々したのを遊んで、流しを上手に映像が撮れる人がいたら、一番かっこよく映ると思う。
かっこよく見られることって大事だよね。
大事だよ。モテたいよね、男にも(笑)。かっこいい男になりたいじゃん、変な気持ちなしに人として。あんまり深く考えてはいないけど。リアルなライダーたちって普通にただいるだけで違うんだよ。かっこ良さ、湧き出てくるもの、オーラとかが。 スケートブランドをただ着てる人と、本当にやっている人は見てわかる。雰囲気だね。空気が違う。 中学生とかでBMXライダーに憧れて買いに来る子は最初は普通なの。でも、それが本当に頑張って、数ヶ月後に来ると顔つきがライダーになっている。 ライフスタイルに溶け込んで、自分の一部になるとちょっと見え方が変わるんだよね。
撮ってもらう時は見られることを意識する?
なんとなくこんな感じで出来ているんだろうなって想像はできるけど、実際どう見えてるかって違ったりするから。自分的にはダサかったかなって思ったのが、意外とかっこいいってこともある。だから意識しなくはないけど、しすぎることはないかな。 俺らって撮って、エディットして残すっていうのが日常なんだよ。録り貯めないとビデオってできないから、録るってクセがついている。 チャンスを逃さないためにね。そういう日々の積み重ねで、一つのフルパートができる。写真ってピークを残すじゃん。 でも、着地で足が付いてたりしたら、その写真は使っちゃいけないっていう暗黙のルールがある。 プロのレベルで言うと、前にやったスポットで同じ技はイケていない。越えた技を決めることが前提なんだよね。 ピークもカッコよくないと絵にならないから。意識しない人もいるんだけど、俺らのコミニュティは技数よりスタイル。 日本人は特にスタイルにこだわる人が多いね。細かい動きでどれだけ自分たちのスタイルを出せるかが重要かな。 あと、うちの店長に昔から言われているのはプロは一発で決める。テレビの生放送でも、大会でも一発で決められないのはプロじゃない。 大会に勝ちたいなら100%で全部決めないと勝てない。もちろん、人間だからできない時は実際あるけど、それをどれだけ100%に近づけられるか。 成功率って経験と培ってきた技術。精密機械みたいになっていくものだよ。自転車とはいえ、写真を撮られてるピークの時の形ってめっちゃ綺麗じゃん。 そういう美しいものとかっこいいものって目線が似てる。写真って自分の目で見るより美しく写ったりするからね。
目で会話する人なんだね。
かもね。意識はしていないけど、確かに技の目コピ、見て盗むとかは上手いかも。自転車だけをずっと乗っていたわけじゃなくて、もともといろんなスポーツをやっていたし。 たまに違うジャンルのことを経験して、自転車に乗った時に上手くなっていたり。「こんなことできそう、動きが似てるな」とか思いつけるタイプ。 他のジャンルの人と話したり、遊んだり、仕事したり。そういう見たことを活かすのが好きだし、得意なのかもね。
MARCO プロフィクスドギアバイクライダー/W-BASE
学生時代に自転車と出会う。その後W-BASEで働く傍ら、プロのライダーとして活動。
https://instagram.com/_m_a_r_c_o
MARCOさん着用ITEM
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DETAIL

ストリートボーラーKYONOSUKE

新しい見え方と
見せ方を求めて

そもそも何でバスケットボールを始めたの?
小学校三年生までは野球をやっていたんです。親父が野球選手で、毎日キャッチボールやらバッティングやら。小学四年生になったら部活が始まるから、「絶対に野球部に入るよな」って親父に入部届を書かれて。 その頃担任の先生がバスケ部の監督で、本当はダメなんですけど『SLAM DUNK』を休み時間だけ読んでもいいよって持ってきたんです。 先生と大人になってから当時の話をすると、「お前、まんまとひっかかったな」って言われたんですけど、『SLAM DUNK』にやられて。 それで「バスケットやりたい」って言ったんですけど、めちゃくちゃ反対されたんです。でも、やるなら一生懸命やれ、頑張れって。 それで小学四年生からバスケットを始めました。エスカレーターでいった中学も全国準優勝の強豪校でした。 高校はスカウトが来て、地元の青森から福井の北陸高校っていう超名門に行きました。インターハイでは二年連続で3位の結果が残せました。 その後、国士舘大学からオファーが来て東京に来ました。大学では三年生までやってたんですけど、そこに自分の限界を感じて一回辞めているんです。
限界を感じた時は明確な理由があった?
一番はこれ以上、上手くならないと限界を自分で決めちゃったんです。物事に限界を決めることって今までなかったのに、その時に初めて。親父に泣きながら電話して、「もう限界、バスケット人生に悔いないから辞める」って。その後、一年半の間は一切ボールに触りませんでした。 自分の弱い部分が出てしまって、指導者と合わないとか、自分のやりたいバスケじゃないとか、人のせいにしていました。 人間がダメな時って人のせいにしがちだと思うし、自分の非を認めないというか。限界を感じたことに逃げ道を作って、辞めたのかなって今では思います。
そこから戻った理由は?
当時、複数のバイトを掛け持ちしていて、その時つるんでいた友達がスケーターだったんです。仲間と滑っているところに遊び来いよって言われて。そしたら隣にあるバスケットコートで、外国人がバスケをやっていました。見たことないバスケをしていて、トリックみたいなのを使って、股抜いたり、相手の頭上に通したりとか。 なにこのバスケ? って。気がつけばコートに居て、友達にいいところを見せようと思ったら、ボコボコにされたんです。 トリックにひっかかって、パスしたと思った相手がまだボール持っていたり。その時に新しいバスケットボールを感じて新鮮だったんです。 それから本当に毎日ドリブルやトリックの練習をその公園でするようになりました。バーのバイトは辞めて、生活の為の分だけお金を稼いで、毎日毎日ドリブルをつきまくって。 そしたら、他の人にできないドリブルを手に入れて。これを表舞台で披露したい、誰かに見てもらいたいって欲があったんですけど、そういう場が日本にはなかったんです。 それから数ヶ月が経って、ストリートボールリーグの予選をやりますって情報を見つけて、公園でやっていた仲間と出ました。 優勝したチームに一点差で負けたんですけど、優勝したチームに俺がずっと練習してきたトリックムーブを試合中にかますことができて、それ決めたら会場が ブワー! って。 そこで快感を覚えました。そのワンムーブで人生が変わったんです。ストリートボールリーグの本部から連絡があって、うちにおいでよと。 そこから約4年間でストリートボールリーグのトップになりました。それが自分のバスケットボール人生の再出発です。
人に見られることについて思うことは?
人に見せたい、見てほしいっていう思いが強い人間なので、自分の見せ方は意識します。注目されるわけだから、自分の良さを最大限引き出す為に、どこで見られてもいいように準備しています。 メンタル面が一番大事だと思っているんですけど、やっぱりパフォーマンスありき。トップレベルのスキルを用意しておかないといけない。 僕なりにこだわっているプレースタイルがあるので、それをやる為の準備は常にしていますね。
見ることについては?
どのスポーツでも闘う相手、仲間、ボール、自分の周りのものを見ると思うんですけど、僕はやっていくうちに見方が変わって、空間そのものを楽しめるようになりましたね。ストリートバスケでは雨、風は当たり前ですし、地面がボコボコで斜めだったりすることもよくあります。僕は関係ないレベルで、どこでもドリブルがつけます。 それは言い訳にできないし、したくないから。物の見方を変え、感じられるもの全てを見るようになったのは、自分の中で変わったなと思います。 究極の話、風が強かったらシュートが全く入らないじゃないですか。シュートが入らないとお客さんは喜ばない。 だったら多めにドリブルをついて、ドライブでゴール下まで行って確実に決める。臨機応変に見せ方を変えるのも大事です。
好きなことをしている時は何を見る?
無我夢中でやっているので意識してることは少ないんですが、自分なりにビビッとくるものはあります。淡々とやってる人とこだわってる人。この人は練習しているなとか。場所なら、すごく時間をかけて作られてるなと感じられたり。 熱量など本当は目で見てもわからないものが、見えるようになってきたというか。いろいろな経験を通して、自分にプレッシャーをかけるようになりました。 様々な環境に飛び込むようになって、今までの自分では考えられなかった環境でプレーしたことが、見せ方が変わった瞬間ですかね。
アルバイトしかしていなかった時は?
何も見えませんでしたね(笑)。自分のやってきたものが形にできる、提供できる。エネルギーを注げる場所が見つかって、自分の見せ方ができるようになったから、また新しい見え方と見せ方を求めて僕はやっていきたいと思っています。 ある程度上手い経験者だったら、淡々と練習してきたことをやればバスケットボールは成立します。 ただ、普段シュート打つところでドリブルするのって、リスクなんです。でも、ぶっ飛んでるなって思われたいし、それが魅力。 自分の見せ方を大切にしてきたので、これからも大切にしていきます。
KYONOSUKE ストリートボーラー
1991年生まれ、青森県出身 小学生からバスケットボールを始め、高校では名門・北陸高校へ進学。その後、国 士舘大学へ進学するも、大学三年時に一度バスケットボールから離れる。ストリートバスケと出会い、SOMECITYに所属。現在は3×3のプロチーム八戸DIMEにも所属している。
https://instagram.com/kyonosuke91
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DETAIL

ランニングインストラクター牧野英明

スタイルや生き方を
見られ方として反映させられたら

走ることは好きだった?
中学の時は走るのが好きでしたが、バスケ部に入っていました。駅伝チームに助っ人で召集された時に走ったり。でも、県大会レベルで、全国に出るようなレベルではなかったです。 そして、駅伝が楽しいなと思って、高校では陸上部に入ったのですが、思っていたより楽しくなかったですね。 当時は陸上自体が、悪い言い方をするとちょっとダサいスポーツだったので、のめり込めなかったんです。 今でこそアイテムがたくさんあって、走ることがカッコいいと在り方が変わってきたと実感しています。ですが、昔は白いウェアに白い靴しかなかったんです。 高校の時は背伸びしたい時期で、ファッションに憧れていました。だから、全然納得ができていなかったんですよね。ただ走るだけみたいな。 速く走るためには論理的な思考がとても大切で、今は研究しながら楽しんでいます。でも、当時はがむしゃらに走るだけで、頭を使っていなかった。 ただ走ることを反復的にやっていれば、能力が伸びるだろうと思っていました。3年間、やったはやったんですけど、こんな苦しいことを二度とやらなくていいんだと思いながら引退しました。
走ることが楽しくなったのはどうしてですか?
大学生から社会人として働くようになってからも、10年ぐらいは走ることと無縁でした。煙草も吸い始め、食事も気にしないような生活をずっとしていました。それで、27歳頃に体を動かさなければと思って、第二回の東京マラソンに応募して、通ったんです。 当時は倍率が2倍。3万人の定員に6万人ぐらいが応募していました。今は15倍、50万人が応募している状態なんです。 参加費として1万円かかるのですが、走ることにお金がかかることを知らなかった。払ったんだから、ちゃんと走らなきゃなって思って練習を始めました。 少しの練習でしたが、本番で完走できたんです。その時のタイムは4時間30分ぐらいで、今に比べるとたいしたタイムではなかったです。 それから趣味で走り始めたので、年に一回、大会に出ることを5年ほど続けていました。一人で大会に出て、なんとなく走って帰ってくる。 そんな時に「フイナムランニングクラブに行ってみなよ」と、知り合いから誘われて、行ってみたんです。 グループランに参加して、終わった後に皆で飲みに行くんですけど、だいたいこういう話になるんですよ。「フルマラソンはどれぐらいで走るんですか?」って。 市民ランナーでも、フルマラソンが何分で走れるかが、自分の名刺代わりなんです。そこで、自分の肩書きをもっと誇れるものにしたいと思ったのがきっかけです。 ちゃんとやり始めたら、少しずつ結果が出て、もっと上の結果が欲しくなる。そのためには何が必要か否かを工夫しないといけない。 自分の競技力が上がると知識も増えて、練習量もモチベーションも上がっていきました。だから今もまだまだ発展途上というか、興味は尽きないですね。
始めたのは遅い方なんですか?
世間的にはど真ん中。だいたいみんな30歳を過ぎて、なんとなく自分の体調を気にするようになりますよね。他のスポーツと違って、ランニング人口のボリュームゾーンは40~45歳。30歳から増えていって、45歳が競技人口のピーク。 よく聞くのが、30歳まで肥満体型で、もう走らないと健康的にやばいってことで走り始めたらハマっちゃって、45歳でフルマラソンを2時間30分で走れるようになる。 そういう人たちは学生時代、帰宅部や文化系でしたっていう運動経験がない人が多いんです。僕の意見ですが、運動をやるだけのモチベーションの総量ってきっと決まっているんですよね。 若いうちにそれを消費してしまって、一切やりたくない人もいれば、運動に熱中して来なかったけれど、30歳を越えてから楽しさが芽生えて、一生の趣味としてやっていく人もいる。 僕は恐らく、今後一生趣味が変わることないはずで、走り続ける為に健康でいようと思っています。
見ることと見られることとは?
僕は毎日の通勤時に、延々と走っている人の動画を見ているだけで楽しいです。それは、その動作が美しいからなんです。走るという動作の中に、さまざまな人の技術や努力が詰まっていたり、その人のクセを自分ならどうアレンジするかを考えながら見ているので、全然飽きないんですよね。 だからランナーがランナーを見る時って、すごくいろんなものを見ています。それと同じように、自分の走りを見た人がそう思ってくれるようになりたいですね。 でも、それは早く走る為にそうなっていきました。結局、痩せる為に走るのではなくて、自分たちは走っていたら絞れてきます。 目的がどんどん変わってくるんです。見ることも見え方も、自分の中では今、ストイックな競技者目線でレベルを上げるために意識が向いていきました。 走るときに着るウェア選びも、昔のように考える必要もなくなって、どういうシーンでどういうものを身につけたらいいのか、道具の使い分けがわかるようになりました。 思考の瞬発力が上がったと言いますか。男ならTシャツ、デニムでどれだけカッコ良くなれるかを考えるじゃないですか。 ランニングウェアの着こなしも、ストイックな人たちと最終的な格好は同じになりますが、ファッションから入った人か否かで仕上がりが違うと思います。 同じランニングウェアを着ていても、その人が洋服好きかどうかは、感じ取れるようにはなりますね。アスリートか否かは体型や脚を見ればわかります。 最低限その領域には達した上での話にはなりますが、その先に自分のスタイルや生き方を見られ方として反映されられたらなと思っています。 でも、やっぱりファッションにあまり意識がない人でも、クールでいたいって気持ちはみんな持っていると思うんです。でも、その方法がみんなわからない。 僕は「ランニング用」というものはある意味ないと思っています。走れそうなら走ると きに、自分の好きなものをどんどん取り入れます。 シューズだけ走れるものだったら、究極、何でも構わないなと。この考え方は自分のスタイルにすごく影響を与えていますね。
牧野英明 ランニングインストラクター
東京マラソン2008でランニングに目覚め、アパレル企業に勤めながら走ることを通して、さまざまな活動を行う。東京マラソン2019では2:49:01を記録。
https://instagram.com/makinohideaki
牧野英明さん着用ITEM
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